おしぼりを上手にたためる小学生だったころの話
店の手伝いと、少し早く知った大人の世界
小学生のころ
学校が終わって家に帰ると、店の手伝いが待っていました。
友達と遊びに行く時間ではなく、
私に待っていたのは、裏方での食器洗いでした。
裏方での食器洗いに始まり、
いつしか、
お客さんにおしぼりとお冷を出し、注文をとる日々
注文がコーヒーなら、コーヒーをサイフォンで作り
小学生のわたしが、
「お待たせしました」なんて言ってたな。
コーヒーの香りに包まれたお店で
いつもの常連さんが、本や新聞を読みながら、ゆっくりコーヒーを飲んでいる。
本をめくるササっという音とともに、カチャというカップを持つ音。
そして、飲んだあとに、カップを戻すカチャ、と小さく鳴るあの音。
そんな音や匂いが、今でもなんとなく、ココロの記憶に沁みついています。
おかげで、ちょっとした大人と会話をすることがうまくなっていきました。
この経験は、私が大人になってから
「おやじキラー」と呼ばれるようになる要素が、全部詰まっている気がします。
あっ、別に意識しているわけではないんですけどね。
なぜか社会人になってから、上司に可愛がられることが多かったんです。
よく友達に、「おやじキラー」だよねと、言われたものです。
100万円の絵の時に、一緒にクーリングオフへ行ってくれた上司みたいに。
店に来るお客さんからは、小学生というだけで、可愛がられました。
学校から帰ったら、友達と遊ぶでもなく、わたしは店の手伝いをしていた。
そして、友達と遊ぶ時間に、大人と会話する日常が当たり前になっていきました。
ただの小学生がね。
そのあとは、母が作った料理を、
私を嫌いと言った祖母に届ける役目が回ってきます。
これまた、いや~な重たい時間が毎日回ってきたものだ
母は毎日、店で祖母の夕飯を作っては、私に運ばせていました。
子ども心に、
「おばあちゃんが夕飯をひとりで食べるのはかわいそう」
なんて思ってしまったものだから、食べ終わるまで、なんとなくそばにいました。
嫌われてるのはわかっていた。
嫌がられていたのもわかっていた。
だから、ちょっと離れた傍に、なんとなく存在だけあるように
そこにいました。
ただ、この時間は意外と苦痛ではなかった。
店に来る大人に可愛がられた反動か、
わたしは、なぜかその時間は朝の挨拶をする時間に比べれば、苦痛ではなかったんです。
この時、母方の祖父母、父方の祖母(祖父はすでに他界していた)との
なんというか、ギャップとでも言おうか、、、
その差が、わたしを一段と大人にさせた気がします。
こんな大人もいれば、こんな大人もいるんだという、
どこか冷めた目線のわたし。
店に来る常連のお客さんとの会話も、
大人の世界を、少しだけ垣間見るような時間でした。
しかし、
大きくなって、世間を知るようになっていったわたしは
この小学生時代のわたしに追い詰められることになります。
どうして、うちはこうだったんだろう。と
子どもらしい、、、が出来なかったわたしのココロが
どこか苦しくて、どこか寂しくて、大人になってから、意外と苦しめられたことを
この時はまだ知る由もないのだから。
その頃は、お客さんとの会話のキャッチボールがうまくなっていった自分を
ちょっとだけ、さすがだとさえ思っていました!
閉店後、わたしは毎日のように、
おしぼりを何度も洗い、たたみ、タオルウォーマーへ綺麗に並べる
並べられたあのおしぼりの凛とした姿を見て、
きっちり同じ長さに巻かれたおしぼりをたためる自分が
ちょっとだけ誇らしかった。
どうだ!みたいな。
これで、やっと私の1日の最後が終わっていきました。
何度も洗ったのは、洗濯機が二層式洗濯機だったからです。
わかる人、いますかね……。
寒い冬場は、手が凍るように冷たかったのを今でも覚えている。。
しかも、その洗濯機は外にあったから、なおさら!
おかげで、冬が大嫌いになり、わたしは、おしぼりを上手にたためる大人になった!
自慢じゃないけど、めちゃ上手くたたむ自信だけは、今もあるよ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【記事に登場してくる話はここから読めます】
祖母がわたしを嫌いな話はこれ
上司がクーリングオフに一緒にいってくれた話はここから




あら〜☺️✨ちゃんと自分のパーツを理解してますねぇ☺️✨さすが😙!✨
"自分の理由"を言える人は強い😉!
自分の強みもよく理解してる☺️✨
この自己分析の行き着く先にあるのは
「 人生の素晴らしさに気づくこと 」なんだよ〜😚✨
辿り着いたうえでの振り返りだね☺️⭐️
はなももさん、お疲れさまです🫧
コメントしておいて、うまく表現できないのですが...
人の性格とか考え方って、良いも悪いも、その方が生きていく上で"最善の生き方の結果"だと僕は思ってるんです。
おやじキラーと言われた経験があるのは、きっと、人の気持ちを殺さないように、はなももさんがきちんと包んで返していたからなんじゃないかなぁって思って。
おばちゃんに、嫌いって言われても、心のどこかでは取り繕って、ちゃんと話せるようになりたいって思われていたのかもしれないよねって。
だから、おばあちゃんの言葉は、ショックだけど、包んであげていたんじゃないかなぁって思うんです。
はなももさんは、きっと、優しさの純度が高い方だなと、ここ最近の投稿を拝見して思う次第です✨🕊️
よくわからんコメントになってしまってごめんなさい🙇♂️💦