7歳のひとり旅。雲の上の小さなしあわせ
不安な一人旅の先に、祖父のアイスクリームが待っていた
初めて飛行機に一人で乗ったのは、
小学2年生の夏。
行き先は、飛行機に乗らないとたどり着けない祖父母の家。
空港のカウンターで、スタッフの方に『引き渡される』瞬間。
わたしは、母から背中を押されて、海へ突き落される気分でした。
泳ぎ方もわからないまま、私は一人、空へ放り出されたのです。
さすがに小学2年生で、ひとりで飛行機に乗ることになるなんて、思ってもいませんでした。
母に対しては、好きも嫌いも入り混じった、複雑な感情があったので、
空港にひとり連れていかれた時は、あきらかに自分ひとりの荷物しかないのが、何かの罰なのかとおもったほどです。
でも、知らない大人に引き渡される心細さは、今思い出しても胸がぎゅっとなります。
その時、わたしが、どれだけ心細いかなんて、母は知る由もないでしょう。
大人たちに混じって、小さな私が搭乗ゲートで待つ時間。 不安と心細さと、親子でいるほかの家族の姿が、そこにいる私をいっそう孤独な子どもにさせました。
雲の上で見つけた小さなしあわせ
そんな『魔の小2』の小さなしあわせは、意外なところに落ちていました。
子どもだけで搭乗する子は、大人の人たちが乗る前に席に案内されます。
子どもだけだから、CAさんもとても優しかった気がします。
いっぱいおもちゃをもらった記憶もあります。多分、ふつうなら1個しかもらえないところ、2,3つもらった記憶が。なので、私の家に飛行機グッズが増えていきました。
だって、帰りも一人で乗るんです。往復でしっかりおもちゃをゲットしていたわけです。
なんといっても、何回目の一人旅のときだったか忘れましたが、コックピットの中に入らせてもらったことがあるんです。
「ひとりで乗って、凄いね!」
みたいにいわれたと思います。
この時、初めて、一人で乗ってよかったー!いつも不安だったけど、この時ばかりは、ひとりで送り出してくれた母に感謝の気持ちがわいて、うれしかったです。
ちょっとしたわたしの自慢のひとつの出来事でした。
母に、「行ってきなさい」と言われて向かう、長い長い夏休みの始まりは、わたしにとってはひと時のしあわせ時間でした。
私は祖父が大好きでした。
11人いる孫の中で祖父を好きだというと、なぜか変な人扱いをされるほど、祖父は頑固で怖い人でした。
でも、私の中で祖父に怒られた記憶は一度もありません。
なぜかほかの孫には怖いおじいちゃん、厳しいおじいちゃんに見えていたそうです。
おそらく祖母がすごく優しかったので、その対比で祖父が怖く見えていたのかもしれません。
夏休みになると、母の兄弟たちが家族連れで祖父母の家に集まります。
年の近い、いとこたちも多くて、親戚がくると、ちょっとしたお友達のお家にお泊りに行く感覚でワクワクしていたのを思い出します。
ただ、いとこたちは、みんな親と一緒でした。
子ども一人で祖父母の家にくるのは私だけ。
夜は、腰の悪い祖母がベッドに寝て、その横でゴザを引き、わたしと祖父が寝ていました。祖母はフルーツが大好きな人で、寝る前の夜食がフルーツ。ベッドの脇にはいつも、ぶどうやらなしやら、スイカなどがありました。
おやすみなさいの後の祖母と祖父の会話は、狸寝入りをしてる私の耳をダンボにさせます。
「ほんとに、はなももはあんたがスキだねー、ほかの孫は全然寄り付きもしないのに、ホントこの子だけは。」
ベッドの上から落ちてくる祖母の声が、幼いわたしの心のどこかに残ったのと同時に、わかってくれてたんだー!といううれしい気持ちになりました。
祖父はいつも聞き役だったのか、それとも寝ていたのかはわかりません。
いつも祖母が一人で話していました。そんな時間も、わたしにとってはしあわせな時間でした。
祖父はとても厳格で、しつけも厳しかったと祖母はよく言っていました。
戦時中は警察官だったとも聞いたことがあります。
だからなのか、わたし以外の孫は、あまり寄り付くことがありませんでした。おじいちゃんは怖い人、というイメージがあったんですよね。
なのに、わたしだけは祖父にまとわりついていたんです。
寝るのも隣で、しかもゴザ!
おかげでせんべい布団で寝るのは、いまだに得意です
蚕のお世話は苦手だったけど、祖父母と一緒に過ごす夏休みが大好きでした。
祖母が作る手作りコロッケが美味しくて1度に30個くらい作っていました。
もちろん、働かざる者食うべからずですから、ちゃんと手伝います。
母のお店の手伝いとは違う、家庭の匂いみたいな空気がとっても大好きだったんです。
そこに、私の母だけはいつもいませんでした。
でも、その夏休みは、わたしにとってしあわせな時間でした。空港に着くと、祖父が出口の一番前でいつも待っていてくれた映像が今でも脳裏に焼き付いています。
わたしを、待っててくれる人がいる。
そのことが、子どもの私にはとてもうれしかったのだと思います。
空港から祖父母の家へ向かう途中、スーパーで必ず買ってくれたアイスクリーム。その小さなしあわせが、次の夏休みまでの活力になっていたのかもしれません。
あの日の私へ贈る、心の処方箋
あの日、一人で飛行機に乗っていた小学2年生の私へ。
不安だったよね。心細かったよね。でも、ちゃんと待っていてくれる人がいたね。
雲の上で見つけた小さなしあわせも、空港で待っていてくれた祖父の姿も、今の私はちゃんと覚えています。
今なら、そう声をかけてあげたいです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
この先も見守ってみたいと思ってくださった方は、
登録してもらえたらうれしいです。
<魔の小2>小学2年に体験したわたしの話





はなももさーん😆!また素晴らしい経験をしているねぇ👀💦✨
登場人物がまた、あなたを成長させてくれる役割分担までありそうな😅💦
小学2年生なんて今後の人生を左右する無茶苦茶大事な時期じゃない👀!
[ 脳の第三段階の成長時期 ]
社会で生きていくため、環境からあらゆる事を学ぶ時期よ👀!
【 今の自分は今までの集大成 】だもん☺️!
貴重な人生経験だね😉!⭐️
はなももさん、記事のご紹介ありがとうございます!
大変遅くなってしまい、申し訳ございません🙇♂️
記事を読ませていただきました。
実はギクっとしまして・・・
はなももさんとは逆の立場で、自分(と、妻)は子どもにひとり飛行機を何十回(小6からだから40回くらい?)もさせてました。。
本人は行きたがっていた(祖母も喜んでいた)ので良いことをしていたと思っていましたが、記事を読んでいると、本当に喜んでいたのか不安になります💦
久しぶりに昔のことを思い出させていただき、いろんなことを思い出しました☺️
記事を読ませていただき、本当にありがとうございます。
子どもはまだ寝ているので、起きたら子どもに聞いてみます🐞